
いろんな事が落ち着いたので、今日帰ってきました。
チマのこと、いろいろ言葉では言い表すには感情と思い出ががたくさんありすぎてうまく言葉では言い表せないけど、
自分の心に整理をつけるためにも記しておきたいと思って書いています。
チマの事、一緒に悲しんでくれて暖かいコメントをくれた猫友の皆さん、
また心配してメールをくれた友達のみんな、ありがとうございます。
(若い頃のチマ、昔住んでいた家で。)
まったく食事を取らなくなって2日で逝ってしまったチマ。
こんなに早く逝ってしまうとは思わなかった。
本当にチマはいい子だったから、最期までみんなの手を煩わす事無く、
前日には自分で外にお気に入りの場所の水を飲みに行き、最期まで自力でトイレに行き粗相することも無かったそうです。
もっとみんなに迷惑かけて良かったのにさ。
そんなになんでも自分でやらなくてもよかったのにさ。。
ママが姉の家にシリンジを取りに行っているほんのわずかの時間に様態が急変し、パパがちょうどお休みでそばについていたんだけど、ママが帰ってきたときには虫の息だったそうです。
ママはチマを抱っこしてお水をあげると、大きなお口を開けて一滴もこぼす事無く水を2口飲んでそのままママの腕の中で眠るように逝ったそうです。
あの日、やっと会えたチマはもう冷たくなり始めていたけど、まだおなかの辺りは温かくて、フカフカの柔らかい毛も耳の後ろのいい匂いもいつものままのチマでした。
最期まで、ホントにカワイコちゃんでした。
こんなに悲しいことってあるんだなってその時思ったけど、今は天寿を全うしたんだから喜ぶべきよね。なんて思ってもいます。
でも寂しいね。
こんなに寂しくなっちゃうなんて。
悲しいというよりは寂しい気持ちのが大きい。
今の実家に引っ越してきてからはチマが居ない日ってのはほとんど無かったから、もう使われることのないトイレや、チマの食器、爪とぎや湯たんぽ入りの寝ていた箱などを見ると、この家に居て当たり前のチマが居ない事がどうしても信じられなくて。
コーヒー入れるたびにみんなで淋しくなったりね。
その思いはママの方がもっともっと強いみたいで、チマが逝ってしまったその日からちょっと見ていられなくてね。。。
夜、チマの湯たんぽを沸かそうとしたり、ご飯の用意をしようとしたり、名前を呼んで探してみたり。。
そのたびに我に返って、あ、もう居ないんだと涙してる姿を見ると
チマの存在って本当に大きかったなって。
でもこんなにも長い間(満20歳でした。)私たちに幸せな気持ちをいっぱいくれたチマ子姉さんは本当に親孝行というか、家族思いというか、ホントにホントにイイ子ちゃんだったな。
今でもとっても愛しい。
この思いは多分これからもずっとずっと変わらない。
火葬した日の空
お骨をね、持って帰ってこれてホントによかった。
今までうちの歴代猫たちはお骨では戻ってこなかったから。
お骨になって家に戻ってきた事によって、まだチマがお家に居る感じがするし、ママも最近になっては少し落ち着いた様子。
毎朝、骨壷を抱いてママはチマに話しかけてるの。
チマのお骨はとってもきれいで、お骨になってまでもこんなに可愛いなんて、チマってやっぱり凄い!!!
寒いの大嫌いなチマ子姉さんだったから、ちょうど桜の咲いたこの時期を選んだのかしら。
これから桜の時期が来ると可愛いチマを思い出すように。
ちょうどパパも仕事がお休みで、みんなでお骨も拾えたし、なんだか自分の逝く日を選んだかのようよね。
チマが一番仲良しだったタブチ。93年他界
家族みんながチマのことは出来る限りの事はしようといつも思っていたし、そうしていたからとても悔いが残ったとか、そういうのはないんだよね。
寂しいのは変わりないけどね。
チマの生き様をみてぶーを『本気』で看取る覚悟が出来たよ、私。

チマ、長い間ありがとうね。
ずっとずっと大好きよ。
虹の橋で姉妹やタブチ達と遊んでてね。
遊び飽きてみんなを待ちくたびれたら、また毛皮着替えて戻っておいでね。
そうそう、













